俺と床屋
誰しも生まれてすぐの頃は家で髪を切ったり剃ったりすると思う。 ならば床屋デビューはいつだったか。 はっきりとは覚えていないが、俺の床屋デビューは幼稚園の頃だったと思う。 普段は家で親に切って貰っていたが、祖母の家に遊びに行った時だけ床屋に 行ってたんだったかな。「さいとう」って名前の床屋だった。 決まって「スポーツ刈り」と言うのだが、幼稚園児が1人で来てスポーツ刈り って言うのは、床屋主人にとって不安なことらしく、必ず祖母宅に確認の電話 が行った。「本当にスポーツ刈り?」っていつも言われた。 ロン毛→スポーツ刈りのことが多かったから多分ビビッたのだろう。 自分で言うのもなんだが、ガキの頃は綺麗なストレート茶髪(自毛が茶色)だったので、 それも原因のひとつかも。 小学生になってからは完全に外で切るようになった。 切る場所は一択で「小野」である。この床屋は小中学生にめっちゃくちゃ人気があった。 全員がここに来るといっても過言ではない。 それはなぜか。 小中学生にはおつりとは別におこづかい100円をくれるから。 「はい、こっちはお釣りでこっちはおこづかいね。」ってな感じである。 100円貰えるなら行くよね〜。今考えるとずるい店だな。 時は経ち、独り暮らし時代。 安いって理由だけで「D」に一年ほど通った。 当時800円で、あまりの安さに雑誌やTVにも良く出ていた店だ。最近良くある1000円 カットなんかの店とはちがって、ちゃんとフルコース&耳掃除+マッサージ付きの普通の床屋だ。 しばらくして美容院に目覚めた。 誰もが必ずしも通る道。床屋の卒業、そして美容院デビューだ。 床屋とは何もかもが違う。建物がオシャレだし、名前で呼んでくれるし、ハーブティや茶菓子 が付くし、仰向けで髪を洗う! 今でこそ若い男はみんな美容院に行くが、この時代ではまだあまり多くなかったのだ。 髪切りに行くだけなのにブランド物を着込んだりして、俺ってばちょっと痛かった。 料金は高い。いつも行っていた店は5000〜7000円だった。床屋の2倍だね。 芸能人の行く店や、有名なヘアスタイリストのいる店にも行ってみたが、特に奇抜な髪型に するのでなければ、床屋で切るのと変わらなかったりする。顔剃りが無い分美容院の方が 分が悪いんじゃ? 技術だってぽっと出の美容院の子よりも、この道ン十年の床屋のおやじの 方が良いような気がする。 中には面白い店もあった。 「S」って美容院があったのだが、いつ行ってもガラガラで予約が必要無かった。 オーナー(男)はいつもやたらクネクネしていて、言葉遣いが変だった。 しかも何言ってるのか良くわからないので、適当に相槌を打っていたものだ。 この店の何が凄いって設備。飲み屋の居抜きだと思われるが、ガランとしていて何も無い。 そもそもスナック→美容院の流れに無理を感じる。 椅子はパイプ椅子みたいな粗末な物だった。鏡は壁と一体型ではなく、どこからか持ってきた 置き鏡だった。 洗髪する所はどう見ても普通の流し。これにゴムホースを引っ張ってきて洗う。洗髪中の椅子は リクライニングの付いていない普通の椅子だった。ここはベトナムですか? ここのオーナーは何年か後に自殺した。 後に他の店の人から聞いた話だと、やはりオカマだったそうだ。 そんな美容院通いもいつの間にか途絶えて、最近は再び床屋に行くようになった。 男たるもの、いつかは美容院を卒業して床屋に戻る日が来る。 それが遅いか早いか、それだけの違いでしかない。 年齢を理由に、或いは髪の後退を理由に、人々は美容院を卒業する。 俺はまだ若いし、ハゲてもいないんだけど、気が付いたら卒業していた。 今行っている床屋は料金が他より高いんだけど、とても居心地が良い。 他に客はいないので専属スタイリストのようなものかもしれない。店が休みの日でも切って くれるし、腕もおそらく悪くない。 何よりリラックスできるのが最高だ。 戻る