俺と成美堂
ガキの頃、近くに成美堂って本屋があった。 本屋ではあるが、本の売り場面積は半分ぐらいで、残りは画材と文房具だ。 経営してるのは老夫婦2人。 じーさんは尻に敷かれるタイプで、いつもばーさんに怒られていた。 このばーさんがかなり凄い。 徹底した商売魂で顧客管理もバッチリ。ハウスマヌカン本屋バージョンって所か。 一歩店内に足を踏み入れた途端、 「何かお探しですか?」 「こういうのもありますけど」 などと言いながらすっ飛んでくる。 ここで立ち読みを敢行するのはおそらく無理だろう。 1度ここで買い物をした客は、巧みな話術で名前や電話番号を言ってしまう。 2度目からの来店では、店に入った途端、 「あ〜ら、○○さん。」 と名前で呼ばれることになる。 このばーさんの脳は凄い。 どの客が何を買ったか全て覚えているのだ。 1度買った雑誌は、 「○○さん、これお取り置きしておきました。」 の声と共にスッと差し出される。 しかし。頼んでなくても出てくるんだよね・・・ 探すのが面倒な人にとってはいいかもしれない。 美術で使うコンパスやナイフもここで買ったなぁ。 半年ほど前、久しぶりに行ってみた。 もう潰れて無くなってるかもしれないし、当時既に60歳を越えていたであろうじーさんとばーさんは、 既に死んでしまったかもしれない。と懸念しつつ成美堂に到着。 あ、あった。 まだ潰れてなかったし、じーさんばーさんも健在だ。 あれっ、見た目が変わってないぞ。 この人達は歳をとらないのだろうか? 当たり前ではあるが、俺のことはもう忘れているようだ。 ちょっと寂しいな。 品揃えは昔と変わらない。 変わらないってのは、売れてなくて大昔の商品がそのまま置いてあるって意味だが。 10円って刻印された鉛筆、昭和初期の物と思われるメモ帳、とうの昔に絶版になってる本。 そして相変わらず各種マニア向けの本が多い。 当時儲かってるのか不思議で仕方なかったが、周辺の本屋は何軒か潰れてしまったようなので、 ここの経営は正しかったってことになるのだろうか。 俺は満足して店を後にした。 戻る