俺と森の太鼓
ガキの頃の話である。 近所に小さな森があった。 広さはせいぜい1000uぐらいで、中央にやっと人が通れる程度の未舗装の小道が縦断 していた。 端には人が住んでるのかどうか不明のボロ屋が2軒と集会所があった。 この付近は街灯が一切無い。 昼でさえ薄暗くて不気味なのに、夜になるとそれはもうおどろおどろしい雰囲気で充満した。 それは夜に起きる。 21時頃になると、決まって太鼓囃子が聞こえてくるのだ。 軽快な速いテンポだが、普通の祭囃子にある笛の類は一切聞こえない。 聞こえるのは小太鼓と鼓の音のみ。 家から森までは700mぐらいだが、その音は実によく聞こえた。 奇妙ではあるが不快な感じもしなかったので、毎日それを子守唄替わりにしながら寝たものだ。 朝起きるとその音は止んでいるので、終わりはあるのだと思うが、0時の時点ではまだ鳴っていた のを覚えている。 ある日のこと。 塾の帰り(23時ぐらい)に森の脇を通ったら、驚愕の光景に出くわした。 集会所からあの音が聞こえているではないか! 恐る恐る覗いてみると、集会所の雨戸が全部オープンになっていて、豆球のみの薄暗い照明の中、 6〜7人の男(?)がこっちを向いて小太鼓、鼓を鳴らしていた。 道路がまるで客席のようだ。 男たちは般若やおかめの面を被って、裃(かみしも)を身に付けている。 祭りの練習なのか、この自治体に伝わる古の行事なのか不明だが、とにかく薄気味悪いことは 確かだ。 俺は男達に悟られないように、忍び足(チャリだけど)で後ずさりすると、迂回して家路を急いだ。 その後何度も塾の帰りに通ったのだが、集会所に灯りがともっていることはニ度と無かった。 それでも太鼓囃子はいつものように鳴っている。 ボロ屋2軒は空家。 集会所は閉まっている。 音は森の中央から聞こえている。 しかし、森の中をぐるぐる回っても、音のする場所には絶対に辿り着けない。 戻る